日本庭園のSOUL
9月も半ば、まだまだ残暑が厳しい日が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
7月8月と、夏の盛りに精だして働き詰め消耗した体力、気力もまだまだ回復しきっていないという今日このごろ、まあまあゆっくりとした仕事のスケジュールを組み、骨を休めつつパソコンに向かい事務仕事や大学の課題に取り組んでるという感じで過ごしています。今取り組んでいる課題は順序で言えば1-1(通信大学なので進め方は自由なのです)、スーパーマリオの1-1みたいなものなんですが、これは通年を通してやるボリューミーなもので、内容は造園に関わる幾つもの用語を調べ、画像などとともに簡素なレポートにまとめるというもの。日本庭園にまつわる用語や人物、技法などについてが20項目、洋式が10の計30項目あり、こないだと今日でやっと6項目を書き終わったところでラジコで『ミッドナイト・ジャズ』をつけ、缶ビールを開けたところであります。実際今のネット時代、検索すればwikiでもなんでもありコピペでいいじゃないかという感じなんですが、色々と厳しい大学の決まりもあり、一応それらを参考にしつつも他の文献やテキストを見、自分の言葉で書くというふうに心がけているので時間がかかります。
ところで、僕が植木屋稼業をやるにあたり、これまで意図的に見て見ぬ振りをしてきたジャンルがあります。それはいわゆる『日本庭園』というやつです。理由は「奥が深すぎる(と思われる)」からであり、四十をまわってから本格的に庭の世界に入った者からすると、それよりももっと現代の住宅に求められる機能性であったり、限られたスペースを活かした空間の使い方であったりという方が大事だという考えからでした。それと、ジェフリー・バワの建築に衝撃を受けた身から、南洋系の雰囲気の庭を得意とする造園屋を目指していこうという思いを当初から一貫して持っているというのも紛れもない事実であります。
しかし、学問としてのランドスケープ(景観)を学んでいこうとするとき、やはり真っ先に知っておかねばならないものが『日本庭園』であり、今まで見て見ぬ振りをしてきたようにはいかないのでした。それでも、今までに仕事として和の庭の作庭工事にも幾度か関わってきたことはありますし、手入れも毎年幾度となくやっていますので、避けて通るとか好きだとか嫌いだとかいう話ではなく、あくまでも日本庭園専門の庭師さん寄りの職人を目指して行かないという方向性の話。
今回日本庭園のことを包括的に学ぶ機会を得る中で、否応なしにその魅力、歴史等をインプットしているのでした。そして疲れた頭をふとあげて、脳味噌にたまった乳酸のような疲れ癒そうとした時に、人間は安らぎのある風景を見たいと思うのだなと痛感する。オフィスで働いている人が公園の緑で心身を癒すように。
こうして何時間もパソコンに向かい頭を働かせ、ふと眼前の窓の外に目をやった時に、心に安らぎを与えてくれるのは山水(日本の山や川の自然風景)なんだろうな~と思うんですね。僕であれば故郷の高知には当たり前にあった山や川の自然風景を欲している自分がいるんです。
現代に残る数々の日本庭園。昔の武士たちが戦場で刀や槍で戦い、政争でいつどうなるかわからないという真剣な日常の合間、心に安らぎを得る庭。日本庭園の原型ができた鎌倉・室町・安土桃山~江戸期の武家社会の厳しさの中で育まれた浄土式庭園や枯山水、路地などは、基本的にビール片手にBBQをやるような思想とは180度違い、日常的に研ぎ澄まされた精神を要する人にとって安らぎが得られるように設計された庭なのではないかということが見えくる。よく映画や漫画でも、偉い政治家や『美味しんぼ』の海原雄山氏などの邸宅の庭は立派な日本庭園だ。それは山形有朋の『無鄰菴』のような明治期の政府要人らの邸宅に7代目小川治兵衛が作庭したような名庭園が昭和の頃まで政治家のステータスであった名残りなのかもしれないが、きっとその人たちも命のやりとりをするような厳しい日常を生きているに違いないと思うのでした。真剣な日常を送る人たちが眺めるからこそ、庭も真剣でなければならない。そんな真面目なことを真剣に考える晩夏(暦の上では秋だけど)でした。
庭って本当に奥が深いですねー。
p.s. ビール片手にBBQが出来る庭、真剣に設計させていただきますので、是非オファーお待ちしております!


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